『老害』と呼ばれる人たちの傾向と共通点とは

『老害』と呼ばれる人たちの傾向と共通点とは

最近よく聞かれるようになった「老害」という言葉をどのように感じますか?生きていれば必ずだれでも老いるものなのに、その老いが害になってしまうのなら、それはとても残念なことです。だれでも自分から望んで害になることはありません。今回は、どのような人たちが「老害」と呼ばれてしまうのか、その傾向と共通点について考えます。

老害とは?

「老害」と書いて「ろうがい」と読むこの言葉は、ここ最近よく使われています。高齢化社会と言われる現在、周りには若者より高齢者の数の方が多く、また元気で活発な高齢者ばかりです。人が多く集まれば、当然いろいろな考えを持った、いろいろなタイプの人がいるわけですから、なかにはちょっと困った言動をとって周りに迷惑に思われてしまう人もいるでしょう。そういった高齢者を「老害」と呼ぶのです。

調べてみるともともと「老害」は、会社などの組織において年長者がたくさんいたり、もしくは引退せずに長くとどまることで、若手がいつまでも昇進できない、もしくは若手の意見が通らないなど、年長者が世代交代の妨げになっている状態を「老害」と呼んだようです。
しかし最近では専ら、年老いて周りに迷惑をかけたり若い人の妨げになっている人を「老害」と呼んでいますから、そう呼ばれてしまうのは、うれしいことではありません。
では、どのような人が「老害」と呼ばれてしまうのでしょうか?

老害と呼ばれてしまう人とは?

自分が常に正しいと思っている

長く生きてきて、たくさんの経験を積み、苦難を乗り越えてきたという自信もあってか、自分の考えは常に正しいと考えている高齢者がいます。特に、現役時代に会社上層部で活躍し、ある程度の成功をおさめ認められてきたという人の場合は、こういったタイプの高齢者が多いようです。しかし、時と場合によって正解は変わりますし、時代の変化で対応策も変わってきていますから、いつも自分が正しいとは限りません。それに気づくことが出来ない高齢者は「老害」と呼ばれてしまいます。

自分中心の話しかしない

相手の話を聞かず、自分の話ばかりをする高齢者も「老害」と呼ばれます。自分の話が、相手にとっても興味のあるいい話、参考になるような経験談、的確なアドバイスであると思い込んでいます。場合によってはそれらはすべて「自慢話」でしかないこともあります。
特に相手が何か相談にのってほしくて訪ねてきた場合は、その人の悩みをゆっくりと聞いてあげることも大事です。なんでもない世間話でも、会話は一方通行にならないように気を付けたいですね。

新しいものを認めようとしない

自分の今までしてきたことが正しくて、今の若い人たちの考えや感覚を受け入れようとしない高齢者も「老害」と呼ばれてしまいます。確かに、今までの自分の感覚と全く違うものや新しい価値観というものは、高齢者と呼ばれる世代ではなかったとしても、すんなりと素直に認めるのは難しいことですね。高齢者ばかりではなく、若い世代であっても、自分の価値観と違うものは受け入れられず拒絶する人もいます。
古いものがすべて悪いというわけでは決してありません。しかし、時代の変化に応じて見直すことが必要です。この見直しができない高齢者が「老害」と呼ばれてしまうのです。

話が長くてくどい

昔から子どもたちの思う「校長先生の話は長い」、若手社員の思う「上司の話は長い」、お嫁さんの思う「お姑さんの話は長い」。なぜか上になった人は自分より下の立場の人に対して長々とくどい話をしがちのようです。しかも、話す内容は同じようなことであったり、説教めいた内容であったりします。
すべての話がそうではありませんが、相手の状況を考えることなくただひたすら自分の話を続けるのであれば、それは「老害」と呼ばれてしまいます。

怒りやすい

自分の感情のコントロールがうまくできない高齢者がいます。男女ともに更年期障害の影響の場合もあるかもしれません。特に男性の場合は女性ほど更年期障害の時期がはっきりせず、個人差も大きいようで始まる年齢もまちまちです。ホルモンバランスの乱れや、認知機能の衰えもあるでしょうし、体の不調が原因でイライラしてしまったり心の余裕がなくなってしまうこともあるのでしょう。
原因は様々でしょうが、感情の起伏が激しく、イライラを周りに当たり散らすようになってしまえば「老害」と呼ばれてしまいます。

高齢者=老害ではない

もちろん、高齢者すべてが老害ではありません。
長い経験をもとに少々のことではびくともせず、どっしりかまえて心が広く穏やかで、常に周りに笑顔で優しく接する高齢者も多くいます。
できることなら「老害」と呼ばれることなく、若い人から頼りにされる、すてきな老い方をしたいですね。

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